講師 大我政敏

動物では細胞を一つ、あるいは、大量にとってきたとしても、そこから新たな個体を生み出すことはできません。個体形成はいつもたった一つの受精卵から始まり、受精卵だけが個体を形成することができます (図1,2)。受精卵だけが持つ個体を形成できる性質は分化全能性と呼ばれています。この分化全能性を生み出す仕組みが知りたい。それがこの研究ユニットの研究動機となります。

研究対象として、マウスの精子、卵子およびこれらからなる受精卵を使います。体内で受精させたものに加え、培養皿の上で受精した体外受精卵も用いますが、マイクロマニピュレーター(図3) という顕微鏡にセットされた機械を使って、受精卵を作成することもあります。肉眼では見ることさえ難しい数〜数十μメートルしかない生殖細胞を人の手で受精させるために、マイクロマニピュレーターは欠かせません.センチメートル単位での人の手の動きをマイクロメートル単位での動きに変換し、泳ぎ回る精子を捕まえ(図4)、非常に脆く直ぐに破裂してしまう卵子に注入するといった作業を可能にします。場合によっては、まだ尻尾の生えていない自力で泳いで受精することができない、精子になる前の未成熟な生殖細胞を注入する(図4,5)こともあります。

これらの研究から得られる知見は、受精卵の不思議な性質である分化全能性を生み出す仕組みを明らかにするためだけでなく、実社会で近年急速にニーズの高まる不妊治療に役立つことが期待されます。研究室の学生には、不思議がいっぱい詰まった生殖細胞の研究への取り組みを通じて、自己の能力開発に励んでもらいたいと考えます。また、不妊治療クリニックで働く胚培養士を志望する者には、胚培養士として活躍できる人材となるための高度な技術と知識を身につけて貰うことも教育目標の一つに設定しています。



図1 受精卵(1細胞期胚)だけが分化全能性を持ち、体細胞からは個体を得ることはできない



図2 マウスの体外受精卵. ここから個体形成は始まります


図3 前職でお世話になったマイクロマニピュレーターとの最後の写真。


図4 精子回収の図 (顕微授精用)



図5 未成熟精子探索の様子



図6 未成熟精子注入の様子